ブログ「花見川流域を歩く」の2016.03.19記事「千葉県全54市町村の小字データベースがついに完成する」で報告した通り、千葉県の小字93986の電子化が終了しました。
丸13ヶ月を要する膨大な作業をこなしたことになります。かけた時間が長いので、その時間はほとんど全て単純作業ですから、思考は通常の3割くらい生きています。
単純作業中にその作業に対する注意やデータの観察とは別の事柄について、普段の3割くらいの低レベルですが思考したということになります。
その思考の中で次のようなものが含まれていますので、メモしておきます。
1 93986の小字名をルビと漢字で、原本とOCR結果を照合、訂正、区切り作業をしていて、小字名が人名(苗字)になっているものが大変多いという感想を持ちました。
統計を取っているわけではありませんが、私がこれまで知っている日本人の苗字の9割以上が千葉県小字名に含まれているように感じます。
従って、作業で次々に小字名をたどると、「この小字は仕事で会ったことのある人の苗字と同じだ」、「この小字は小学校の同級生と同じだ」、「この小字は・・・」と際限なく自分が過去に知ったことのある人が思い浮かびます。
そして、驚くべきこととして気が付いたのですが、過去の知人の思い出す順番や知人としての自分の評価、記憶の確からしさなどとは全く無関係に、ランダムに思い出すということです。
自分がもう忘れていた人を思い出すこともあれば、好意的印象を持った人もいれば、マイナス感情を伴う人もいれば、・・・、本当にランダムに過去に自分が関わった人を思い出します。
その時、自分の人生の縮図を強制的に見させられているような感情が沸き起こりました。
このような感情は味わったことがありません。
自分が過去を振り返るときはたびたびありますが、その時の感情とまったく異なります。
自分が過去を振り返るときは、随分と狭い範囲の情報(いわば自分に好都合の情報)だけを思い出していることに気が付きます。
多数の小字地名から自分に関わる人名を思い出し、それからその時の情景や感情を思い出し、それが自分の好みとは関わらない客観的なものであることに気が付き、自分の過去人生を少し客観的に見たような感想を得ました。
それだけ、小字名と苗字がかかわっているということです。
2 反対に人名が小字名になっているものが大変少ないことに気が付きます。
近世の新田開発では人名が付いているものがありますが、それ以外ではほとんどゼロだと思います。
時の権力者などの人名が地名にならないという日本人の特徴的好みがあるようです。
早朝の花見川風景
2016年3月19日土曜日
2015年11月25日水曜日
OCRの修正ポイント
角川千葉県地名大辞典の付録小字一覧を電子化してデータベース化しています。
これまで約半分の46500の小字をデータベース化しました。
データベースそのものの紹介やその試用結果はブログ「花見川流域を歩く」で記事にしています。
ここでは電子化する際にOCRを使っているのですが、その修正作業の一端をメモしておきます。
次の画像は角川千葉県地名大辞典付録小字一覧のページ(例)です。
角川千葉県地名大辞典付録小字一覧のページ(例)
このページをスキャンしてJPEGファイルとし、画像を分割して1段組みのファイルとし、さらに画像解像度を通常より相当高く設定してからOCRにかけます。
OCRはDocuWorksを使います。
OCRの結果はエディタ上で修正します。
OCRの読み間違いはルビで多発します。
・カタカナが小文字のカタカナで出力される
アイウエオカケツヤユヨワには小文字ァィゥェォヵヶッャュョヮが存在していて、これが混ざります。
この修正は効率を優先して一括置換で行いました。
したがって「チョウ」と表現されるべきところが「チヨウ」と表現されることになりましたが、検索での不都合はありません。
・カタカナが類似字形漢字で出力される
ロ(ろ)が口(くち)に、ニ(に)が二(2)にタ(た)が夕(ゆう)に出力されることがあります。その反対もあります。
カタカナではありませんが、一(1)がー(記号)に出力される場合もあります。
これらの間違いは自分の眼で見てすぐ気が付くとは限らないので、後から検索置換機能を活用して修正することになります。厄介な問題です。
・カタカナが漢字やアルファベット等として出力される
この間違いは一目瞭然でわかります。またその間違い方に一定の傾向がありますので、一括置換などを利用して修正は容易です。
・難易漢字の別字出力
OCRの漢字出力間違いは大変少ないです。ルビと比べて字が大きいため鮮明であることによると考えます。
しかし難易漢字では別字出力があります。ですから多角数の漢字はよく確認することになります。
難易漢字のうちパソコンでは使えない字が原本で使われている場合も多く、それを類似の字あるいは簡易化した字に置き換えると恣意的な作業になるので、字が使えない(パソコンに存在しない)という意味で〓を当てました。
OCRで作成した素データは市町別に行いますが、効率を考慮して小さい市町はまとめてデータ数を大きくして行います。
……………………………………………………………………
この修正作業は単調な単純作業ですが、一定の注意力を注ぐ必要があります。しかし、作業を重ねる中で習熟してきて、頭脳の中では別の思考もできます。その別の思考ができるということから、自分にとって楽しみの時間になります。
また、ユーミンの最初から現在までのアルバム、シングル、ベスト盤、コラボ盤・・・など70-80枚のCDを時間順に並べて、バックグラウンドミュージックとして常時かけています。
もし、この作業が仕事だったら、苦痛以外のなにものでもないと思います。
これまで約半分の46500の小字をデータベース化しました。
データベースそのものの紹介やその試用結果はブログ「花見川流域を歩く」で記事にしています。
ここでは電子化する際にOCRを使っているのですが、その修正作業の一端をメモしておきます。
次の画像は角川千葉県地名大辞典付録小字一覧のページ(例)です。
角川千葉県地名大辞典付録小字一覧のページ(例)
このページをスキャンしてJPEGファイルとし、画像を分割して1段組みのファイルとし、さらに画像解像度を通常より相当高く設定してからOCRにかけます。
OCRはDocuWorksを使います。
OCRの結果はエディタ上で修正します。
OCRの読み間違いはルビで多発します。
・カタカナが小文字のカタカナで出力される
アイウエオカケツヤユヨワには小文字ァィゥェォヵヶッャュョヮが存在していて、これが混ざります。
この修正は効率を優先して一括置換で行いました。
したがって「チョウ」と表現されるべきところが「チヨウ」と表現されることになりましたが、検索での不都合はありません。
・カタカナが類似字形漢字で出力される
ロ(ろ)が口(くち)に、ニ(に)が二(2)にタ(た)が夕(ゆう)に出力されることがあります。その反対もあります。
カタカナではありませんが、一(1)がー(記号)に出力される場合もあります。
これらの間違いは自分の眼で見てすぐ気が付くとは限らないので、後から検索置換機能を活用して修正することになります。厄介な問題です。
・カタカナが漢字やアルファベット等として出力される
この間違いは一目瞭然でわかります。またその間違い方に一定の傾向がありますので、一括置換などを利用して修正は容易です。
・難易漢字の別字出力
OCRの漢字出力間違いは大変少ないです。ルビと比べて字が大きいため鮮明であることによると考えます。
しかし難易漢字では別字出力があります。ですから多角数の漢字はよく確認することになります。
難易漢字のうちパソコンでは使えない字が原本で使われている場合も多く、それを類似の字あるいは簡易化した字に置き換えると恣意的な作業になるので、字が使えない(パソコンに存在しない)という意味で〓を当てました。
OCRで作成した素データは市町別に行いますが、効率を考慮して小さい市町はまとめてデータ数を大きくして行います。
……………………………………………………………………
この修正作業は単調な単純作業ですが、一定の注意力を注ぐ必要があります。しかし、作業を重ねる中で習熟してきて、頭脳の中では別の思考もできます。その別の思考ができるということから、自分にとって楽しみの時間になります。
また、ユーミンの最初から現在までのアルバム、シングル、ベスト盤、コラボ盤・・・など70-80枚のCDを時間順に並べて、バックグラウンドミュージックとして常時かけています。
もし、この作業が仕事だったら、苦痛以外のなにものでもないと思います。
2015年7月9日木曜日
墨書土器と地名との関係に関する興味
墨書土器文字と地名との関係に関する興味が熟成しつつあります。
いつか詳細検討をしたいと思っていますが、その概要をメモしておきます。
白幡前遺跡から墨書土器文字「草田」や「草」が出土しています。「草田」はカヤタと読み、現代大字名称「萱田」に比定されると考えられています。「草」もカヤと読み、萱田を意味する可能性があります。
また権現後遺跡から「村神郷」が出土しています。村神郷は古代地名(郷名)で、現代大字名称「村上」に比定されると考えられています。
上記事実から萱田(草田)と村上(村神)は8~9世紀には既に存在していた地名であることがわかります。
村神は村の神様のいる場所と考えると村の中心部を意味するように想像します。
「村」は自然発生的に生まれた集落ではなく、権力によって計画的に配置された集落を意味する用語であると考えることができます。
ですから、古墳時代に権力によって村神が平戸川(現在の新川)東岸に設置されたと考えます。
その後、村神という地名で指す場所が広域になり、平戸川西岸も含めて郷名になったと考えます。
草田は荒地とか未開地を意味すると想像します。
草田は計画的に配置された村神からみると荒地・未開地・辺境地という意味合いの土地であったと考えます。
墨書土器が作られる8~9世紀に使われていた地名に、8~9世紀以前(つまり古墳時代)の地域構造を示す2つの地名、つまり計画的に配置された集落中心部地名とその辺境地地名がみえることは大変興味深いことです。
そして、なにより、8~9世紀の萱田遺跡群(白幡前遺跡、井戸向遺跡、北海道遺跡、権現後遺跡)がその当時の辺境地である草田(萱田)に立地することが、萱田遺跡群の性格をよく物語っている貴重な情報であると考えます。
奈良時代になって蝦夷戦争のために計画的に配置された軍事平坦・輸送基地(=萱田遺跡群)の場所が、当時の草田(カヤタ)と呼ばれる未開地だったのです。
8~9世紀に広域地域村神郷の行政中心地は平戸川東岸にあったと考えます。一方萱田遺跡群には寺院や接待施設(ハマグリ大量出土)、陰陽師関連墨書土器文字などが出土し、律令国家中央と強く結びついた特性(軍事基地の特性)がみられます。
この2つの地名(村神と草田)の場所の機能の違い、権力上の優劣、それぞれの支配指導層の出自の違いについて興味がわきます。
支配指導層が異なるのか、同じなのかだけでも分かれば面白いと思います。
村上込の内遺跡と白幡前遺跡の墨書土器文字を詳細に比較分析すれば、支配指導層の違いがわかるかもしれません。
花見川風景
登録:
投稿 (Atom)


