2015年4月20日月曜日

千葉市内野第1遺跡 縄文時代大規模落し穴シカ猟

縄文時代土壙列を地形図にプロットできましたので、それを利用して大規模シカ猟について考察します。

「千葉市内野第1遺跡発掘調査報告書 第Ⅰ分冊」(2001.3、株式会社野村不動産・財団法人千葉市文化財調査協会)では土壙列を1号列と2号列に区分していますが、土壙列を狩猟のための落し穴列としてみると、次図にしめすような3つの装置として区分することができます。

狩猟装置としての土壙列区分とその狩猟範囲

1号土壙とされるものはAとBに区分できます。図面をよく見るとAとBは間が大きく離れるとともに、土壙の大きさも異なり、また延長線がずれていて連続していません。
さらに、

Aは台地上にありますが、Bは段丘崖の下にあり用途が異なるものと結論付けることができます。

1号土壙列Aは台地上の獣をその場で捕える落し穴列のようです。

1号土壙列Bは台地面を追ってきたシカを斜面に追落し、斜面下に設置した落し穴で捕える装置です。

2号土壙列は台地面を追われたシカが斜面を下リ始めたその時その場に設置した落し穴で、シカの不意を打つ装置であり、地形に沿って設置された様子はその工夫の程度の高さを確認することができます。

1号土壙列Bは斜面を下るシカがスピードを上げたため、落し穴を避けきれないという運動特性を利用しますが、2号土壙列では台地面を逃げてきたシカが斜面を下ろうとするその瞬間にこれまで見えなかった落し穴を通過させるという不意打ちを狙うもので、巧妙な仕掛けです。

狩猟効果としては1号土坑列Bより2号土壙列の方がはるかに効果的であると考えられます。

また、2号土壙列の土壙の大きさが1号土壙列Bより大きいことや2号土壙列は斜面地形に沿って(等高線に沿って)設置するという測量技術的工夫がされていますが、1号土壙列Bは直線的で微地形を利用するという発想が虚弱であることがわかります。

このような比較から、1号土壙列Bと2号土壙列の間には時間の隔たりが存在し、2号土壙列の方が新しいものであることが確実です。

1号土壙列A、B、2号土壙列ともに、シカ等を追う際に、シカ等が確実に落し穴の方向に向かうように、逃げるシカ等の方向を限定するための障害物レーンが設けられていたと想像します。

カナダアルバータ州のHead-Smashed-In Buffalo Jampの例ではバッファローを崖に誘導するレーンには障害物が置かれる他、焚火や大きな獣皮を振る勢子がその役割を果たしました。

土壙列(落し穴列)の工夫の相違

なお、落し穴のサイトでは次の図に示したような工夫がされ、追い詰めたシカが全て落し穴に落ちるような工夫がされていたと想像します。

落し穴付近における工夫(想像)

これだけの落し穴列を利用する猟は恐らく数十人を下らない統制のとれた多人数集団が従事した活動であると思います。

また、新旧2列の落し穴列が存在することから、縄文時代の相当長期間にわたって、この場所でシカ猟が行われてきたと考えて間違いありません。

落し穴で捕えたシカは低地(勝田川谷底)の水流を利用して解体処理加工され、干し肉や皮革製品となり、恐らく交易品として利用されたものと考えます。

台地の斜面を利用した大規模猟、低地の水流を利用した解体処理加工などの様子は狩猟対象こそ違え、Head-Smashed-In Buffalo Jampの例と酷似しています。

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